プロレスラー大仁田厚の現在と政治家歴

プロレスラー大仁田厚の現在と政治家歴

昨年の平成29年10月31日に後楽園ホールで「最後」の引退を行ったプロレスラー大仁田厚。「最後」というのは、引退が一度ではないからです。なんと「7年ぶり7度目の引退」です。

引退した現在、大仁田厚はレフェリーとしてデビューすると宣言していました。

 

そして、還暦を迎えた大仁田は、佐賀県神埼市の市長選立候補に意向を掲げました。過去にも出馬を発表し、最後の最後で断念した経過があるため単なる話題作りともいわれています。今回は、彼の実母の故郷佐賀県神埼に魅力を感じ、地元の人たちと接する中で(市長を)やってみたいという気持ちが芽生えた

政治家大仁田厚

  • 2001年、参院選比例代表に自民党公認で立候補して初当選
  • 2006年に参院党副幹事長に就任。
  • 2007の参院選は不出馬だった。
  • 2010年に長崎県知事選に出馬したが落選。
  • 15年には千葉県の袖ケ浦市長選に立候補を表明したが、最終的に見送った。
  • (当選回数1回)

学歴

  • 41際の時に高校を再受験駿台学園高等学校定時制課程普通科第3年次編入学、2000年3月卒業
  • 2001年4月、明治大学政治経済学部経済学科(夜学)に入学し、無事に4年で卒業。

プロレスラー大仁田厚

1989年FMWを旗揚げ。1990年に汐留で行われたターザン後藤とのノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチで一気にブレイクし、この試合は東京スポーツ主催のプロレス大賞年間最高試合賞を受賞しました。その後も大会場で大掛かりなデスマッチを開催し続けて「涙のカリスマ」や「炎のカリスマ」の異名で知られ、FMW追放後は、新日本参戦、フリーのレスラーとして興行を続けていました。そして、昨年7度目の引退し、今後の去就が注目されていました。
大仁田厚の公式ホームページはこちら

NEWSカテゴリの最新記事