星野仙一元監督の死に。

星野仙一元監督の死に。

闘将・星野仙一さんが1月4日にお亡くなりになりました。享年70歳。

病名はすい臓がんです。

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東スポweb引用
楽天球団副会長で中日、阪神、楽天で監督、北京五輪では日本代表監督を務めた星野仙一氏が4日に亡くなっていたことが5日、分かった。70歳だった。現役時代は「燃える男」との異名がついた気迫のピッチングで通算146勝をマーク。「闘将」と呼ばれた指揮官としては、率いた3球団すべてを優勝に導き、楽天では日本一に輝いた。昨年1月には野球殿堂入りを果たし、1か月前には元気な姿を見せていたばかり。日本球界の発展に多大な功績を残した“巨星”の訃報に、球界は大きな衝撃が走った。球界関係者によると、星野氏は膵臓がんで闘病中だった。一昨年に告知されたものの、周囲には一切知らせず、球場で持病の股関節が痛んでも「(楽天の)トレーナーに診てもらうとバレるから」と治療も受けなかったという。年末には家族でハワイ旅行を計画していたが、体調を崩し急きょ中止に。家族と正月を迎え、おせち料理も楽しんだが、2日に倒れ、容体が急変。4日午前5時25分に愛する家族にみとられ、旅立った。最期は2人の娘に抱きかかえられ、その表情は安らかだったという。

選く手時代の通算成績

146勝121敗34セーブ 防御率3.60

タイトル

最多セーブ投手:1回 (1974年 セ・リーグの初代最多セーブ投手)
最高勝率:1回 (1975年)

表彰

沢村賞:1回 (1974年)
月間MVP:2回 (1975年9月、1977年8月)
正力松太郎賞:2回 (2003年、2013年)
パ・リーグ最優秀監督賞 (2013年)
報知プロスポーツ大賞特別功労賞 (2003年)

監督成績

Aクラス10回、Bクラス7回

リーグ優勝4回

2013年に楽天を率いて球団創設9年目で初の日本一に導き、自身も監督として初の日本一の栄冠を手にした。

その他

監督時代は「闘将」と呼ばれ、代名詞は鉄拳制裁だった。「非情と愛情の2つを併せ持つことが大事」という持論を持ち、低迷していたチームを闘う集団に作り上げた。

97年には扶沙子夫人(享年51)を白血病で亡くした。

すい臓がんとは

すい臓は消化液を作る働きと、インスリンを作る働きを持つ臓器ですい臓にできる悪性腫瘍を「すい臓がん」といいます。進行が早いことと、症状が最期まで出にくいことから見つかった時には既に手遅れとなるケースが多く、別名サイレントキラーと呼ばれています。男女差はありませんが、40歳代以降に特に多く、2013年の臓器別がん死亡数では、男女全体で第4位と死亡者数は年々増加しています。元横綱の千代の富士(享年61)も同じ病気でした。

突然のニュースに驚きました。中日、阪神の監督時代、楽天での初の日本一、勇姿は忘れません。御冥福をお祈りします。

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